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GOMAXのブログ

楽しいお話を書いていきたいと思っています。よろしくお願いします。

「はてなブログチャレンジ」のムチャ振りに真っ向勝負!「うちんち」②

小説(うちんち)

やっぱりブログっちゅうのは、他人の日常を垣間見る的な面白さがやっぱりいいんじゃなかろうか?または、へ~そんな世界があるのか~情報ありがとう!後はグーグル先生に聞くね~的なものとか。ウンヌンカンヌン。

 

まぁ、やり始めちゃったのだから致し方ない。なんか、こんな感じでブツブツ作者がつぶやきながらお話が進んでいく小説があってもよいのではなかろうか。

 

というわけで「うちんち」②です。温か~い目で読んでいただければ何よりです。

 

うちんち②

 

 源三郎の住む和泉大津市は、大阪南部の小さな港町である。町の歴史は古く、紀貫之土佐日記に『大津の浦』と詠んでいる。源三郎はもともと大阪市内に住んでいたが、少年時代に和泉大津に移り住んで以来、ずっとこの街で暮らしてきた。

 

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(土佐守の任期を終えて帰京する途中当地を通った紀貫之が「行 けどなお行きやられぬは妹がうむ小津の浦なる岸の松原」とあり、また更級日記の作者 も、大津の浦で暴風雨にあい、舟を丘の上に引き上げて夜をあかした云々と記してい ます)

 

 そんな和泉大津の片隅で、昭和四十二年二月三日、源三郎と時恵は結婚式を挙げた。
結婚生活は充実していた。源三郎は結婚を機に、長く住みなれたぼろアパートに別れを告げ、2DKのアパートに引越した。

「ただいま」

源三郎が帰宅すると

「お帰りなさい」

 と、いとしの新妻・時恵が暖簾の向こうから顔を覗かせる。源三郎は思わず上がる口角を押さえ、自宅へと入る。そこにはうまそうな食事と温かい風呂が用意されている。

 ――結婚て、いいもんだなぁ……。

 風呂場でヘチマに石鹸を塗りながら、源三郎はしみじみ思うのだった。

 

 それから三年の月日が流れた。医療費自己負担金制度が変わり、それまでの五割負担から三割負担となって、源三郎は日夜対応に追われていた。時恵も、看護師としてのキャリアを積み上げ、充実した毎日を送っていた。


 ある日の夕食時。時恵の箸がふいに止まった。源三郎は時恵の顔を覗き込んだ。どうした、と源三郎が聞く前に、時恵がゆっくりと口を開いた。


「なんで、赤ちゃんできひんねやろ」


 源三郎はギクリとした。結婚当初は、そのうちできるだろうとたかを括っていたが、三年が過ぎた今もなお、二人は子宝に恵まれていなかった。いつしか子供の話は、二人の間で禁句になっていた。そんな中、時恵が漏らした一言だった。


「私、赤ちゃんできひん体なんかな……」

 時恵の瞳には、うっすら涙が浮かんでいる。
「いや、こういうんは、神さんが決めることやから。自然と、ほら……」
「……」


どんよりとした空気が食卓を包んだ。

「あ……あれやな、ホウレン草やな! ポパイもそう言うてるしな!」

 源三郎はそう言って、ポパイのように上腕二頭筋に渾身の力を込め、力こぶを作って時恵に見せた。

 

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時恵の顔が少し綻んだ。


 その日から、二人の奮闘が始まった。どの町の産婦人科が良いと聞けば片っ端から通い、休日には子宝神社巡りをし、良いと言われる食べ物はなんでも食卓に並べた。タコ、イカ、スルメ、数の子、自然薯、ニンニク、生姜、朝鮮人参!

――何年もそんなことを続けたが、コウノトリはそっぽを向いたままだった。


 恐怖の月末。時恵の月経日がやってくる。源三郎はトイレ前で大量のお守りを両手に握りしめ、時恵の合図を待った。だがトイレから出てくる時恵はいつも、両腕をクロスするばかりだった。

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「無念!」

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 甲子園で負けた高校球児のように、源三郎はトイレの前で膝をついて悔しがるのだった。それが、源三郎と時恵の毎月一度の恒例行事になっていった。


 昭和四〇年代に入ってから『寝たきり老人対策事業』が開始し、日本は高齢者福祉創設の時代へと突入していた。昭和四十五年、高齢化率は七%となり、高齢化社会の幕が上がった。昭和四十六年、特別養護老人ホーム(通称〝特養〟)の建設ラッシュが始まり、翌昭和四十七年。老人福祉法の改正で、源三郎の悲願だった老人医療無料化制度が発足した。


「日本は世界に胸の張れる保険制度が立ち上がるんや! 福祉元年や!」
源三郎は時恵に興奮して話すのだった。

 

「佐藤さん、お電話です」
職場の女子所員が受話器を掲げた。
「お電話代わりました、佐藤……」
「あたし!」
電話の相手は時恵だった。職場に電話をかけてくるなんて、至極珍しいことだ。
「なんや、どないした?」
源三郎が周囲を気にしながら小声で言うと、時恵は興奮した声でこう返した。
「マル! マルだって! お医者さんが!」
「まる?」
源三郎は、すぐには時恵の言葉の意味が理解できなかった。
「もう! だ・か・ら、○(まる)! 赤ちゃん!」
源三郎は顔面に血が上って来るのを感じた。
「えっ!」
「今、病院行って来たの。そしたら……」
「やったーーー!!!」
源三郎は市役所のフロア全体に響き渡るような大きな声を上げ、両腕を振り上げた。

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 翌、昭和四十八年五月一〇日。時恵は三六歳というハンデを背負って出産に臨んだ。一四五センチの小柄な体で、四二〇〇グラムの巨漢ベイビーを見事に産み落とした。結婚七年目にしてようやく、コウノトリが笑顔で二人の元へ飛んで来たのだった。

 諦めかけていた我が子を抱きながら、二人は大声を上げて泣き、新しい命の誕生を喜んだ。五月に生まれたことと、来月制定予定の和泉大津市の市花からとって、ひらがなで〝さつき〟と名付けた。


♪こんにっちは~赤ちゃん、私がパパよ~♪


 源三郎は鼻歌交じりに帰宅し、さつきの顔を見ては目を細めた。時恵が拗ねないように、時恵とのハグも努めて実施した。家族が俺の宝もんや、と源三郎は心底思うのだった。

 

さつきが三歳になった頃。
「今のアパートやったら、床の間あれへんから、さつきの結納品置く所が無いなぁ」
と時恵が漏らした。

 

そりゃ大変だ、大事な娘に恥かかせるわけにはいかーん! 

源三郎は一念発起。市役所から近く、商店街にもアクセス抜群。小学校なんて目の前!

 

 そんな好条件の場所を取り急ぎ見つけ出し、念願の一戸建て、夢のマイホームを早々に購入した。


「お父ちゃん。今日からここが、私らの家(うち)なんやね」
引越し当日、時恵はさつきの手を引き、新居を眺めながら言った。
「そうや」
源三郎はそうとだけ言った。
――お母ちゃんにも、見せてやりたかったな――
源三郎は、母の千代を思い出していた。千代は戦後の動乱期、がむしゃらに働いて女手一つで源三郎を育て上げた。体を酷使し続けた千代は十五年前に病に倒れ、他界した。自ら働いて手に入れた城を見上げる源三郎の目には、涙が光っていた。
「……家ん中、入ろっか!」
時恵は源三郎の思いを察し、めいっぱい明るい声で、源三郎とさつきに言うのだった。

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つづく