GOMAXのブログ

楽しいお話を書いていきたいと思っています。よろしくお願いします。

「はてなブログチャレンジ」のムチャ振りに真っ向勝負!「うちんち」③

書き始めると結構夢中になるもので、早く寝なければと思うのだが、もうちょっと、もうちょっと、と思っているうちに草木も眠る丑三つ時ではあ~りませんか。もう寝ましょう。そうしましょう。

 

 うちんち③

 

昭和四十七年。

老人福祉法の改正で老人医療無料化制度が発足し、最初は喜んだ源三郎だったが、無料化に伴い、医療現場に高齢者が溢れ始めた。二十畳ほどの病室の床にびっしりと布団が敷き詰められ、寝たきり老人が隙間なく押し込められた、いわゆる〝マグロ部屋〟が誕生した。横たわる老人を足で転がしながら、看護助手達がオムツを換えていく――病室はさながら奴隷船の船底だった。源三郎は医療現場で、無料化がもたらした影の部分を目の当たりにし、愕然とするしかなかった。

 

昭和五十七年。

高齢化率は九%を超え、社会的入院や寝たきり老人が問題となり始めた。源三郎の悲願だった老人医療無償化はこの年『老人保健法』の制定で廃止となり、あっけなく終わりを告げた。老人医療費一部定額負担の導入が決定し、高齢者からのクレームが毎日のように、源三郎のいる高齢福祉課に寄せられた。

 

さつきはすくすくと育ち、小学校では成績優秀、スポーツ万能の、自慢のいい子になっていた。しかし、ある日の夜。源三郎にとって、ショッキングな出来事が起きた。


父親参観日のおしらせ』

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さつきの部屋のゴミ箱に捨ててあったというプリントを時恵は広げ直し、食台に置いた。


「どうして?」


源三郎が尋ねると、時恵は大きくため息をつき、ゆっくりと話し出した。


「おじいちゃんみたいやから、嫌なんやって」
「えっ?」

源三郎は時恵に聞き返した。
「周りの友達のお父ちゃんは、三〇そこそこやろ。せやから若(わこ)うてカッコええのに、佐藤んちのお父ちゃんは、おじいちゃんみたいやって、クラスの子に笑われるんやて」
「なんやと? おじいちゃんて、俺まだ五十一やで……」
そこまで言って、源三郎は言葉を失った。


――五十一……俺もそないな歳になったか――


「お父ちゃん?」

心配そうに時恵が源三郎の顔を覗き込んだ。


「せ、せやけど、俺は行くで! さつきのお父ちゃんなんやから。ち・ち・お・や・参観なんやから。私がち・ち・親なんやから!」


源三郎が力強く時恵に訴えると


「ま、そやね。あんたは間違(まちご)うてないわ。お父ちゃんのこと恥ずかしいとか言うてるあの子がズレとんねん。今回はさつきの分(ぶ)が悪いわ。お父ちゃん、行っといで!」


時恵は源三郎の肩をポンと叩いて勇気づけてから、一言付け加えた。
「せやけど、さつきに嫌われるかもな」


「……ん~~」
源三郎は眉根を寄せ、腕を組んで悩むのだった。


いよいよ、決戦の参観日。源三郎は気合を入れて散髪に行き「慎太郎刈りにしてくれ」と床屋のオヤジにオーダーした。若者ファッションの発信基地と言えば石原慎太郎! 源三郎のファッションの原点はそこにあった。
源三郎はアロハシャツに細身のマンボズボン、ツートンカラーの靴といった『太陽族』ファッションに身を固め、ロカビリーのエッセンスもと、最後にサングラスを装着した。

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「……完璧や。完璧すぎる。どや、お母ちゃん」
「……完璧や。惚れ直したわ。お父ちゃん、尾藤イサオみたいや!」


源三郎の姿を見た時恵は賞賛を浴びせ、右手の親指をグッと立てた。

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「それじゃ、行ってくるぜ」
源三郎はそう言って、颯爽と玄関を出た。


♪サンド~バッグに~、浮かんで~消え~る~♪

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「お父ちゃん! がんばってや~!」


イサオ……もとい源三郎の背に、時恵が黄色い声援を送るのだった。

 

一発勝負の父親参観を終えた源三郎は、さつきより一足先に帰宅した。
「どうやった?」
自宅でそわそわしながら待っていた時恵が尋ねた。
「ばっちりや。他のオヤジら、若いだけで大したことあらへん。ファッションかて、わしが一番ニューフェースみたいやったしな。さつきも真面目に授業受けてたで」
得意満面の源三郎だった。


ほどなく、さつきが学校から帰ってきた。さつきは、バタン! と玄関のドアを乱暴に閉めると、自分の部屋に一目散に駆け込んだ。
「どうしたんや?」
と時恵が声をかけると
「お父ちゃんなんか大嫌いや!!」
襖の向こうで、さつきが叫んだ。
「…………」
源三郎と時恵は、キツネにつままれたような顔で互いに視線を合わせ、反省点が無いことを反省するのだった。
「子育てって、難しい……」


♪ベイビー俺の負けだ、あきらめよう~誰のせいでもありゃしない、みんなオイラが悪いのか~♪

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源三郎は尾藤イサオの『悲しき願い』を小声で口ずさみながら、太陽族からオヤジ族へと衣装を着替えるのだった。

 

「明日から大津、だんじりやろ。ちょっと寄るわ」
そう言って、幸子が電話を切った。


幸子は時恵の妹で、和泉大津市からほど近い岸和田市に住んでいる。岸和田だんじり祭りの時は、幸子の家でカニをご馳走になるのが佐藤家の習わしになっていた。幸子も盆や正月、大津祭り(和泉大津のかち合いだんじりは秋の風物詩であり、和泉大津市民のみならず、岸和田人にも欠かせない物である)と、何かといえば佐藤家によく顔を出した。

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「さっちゃん、風邪はもうええの? なんでも言うてよ。お姉ちゃんいつでもご飯作りに行ってあげるさかい」


数日前、風邪を引いた幸子を心配して、時恵は幸子の家に泊まり込んで看病していた。


「うん大丈夫。姉ちゃん、私ももう四十前やで? いつまでも子供とちゃうねんから。大丈夫やて、旦那もおるし」


幸子はバツが悪そうに言った。
「せやかて……」


時恵は子供に突き放された母親のような、寂しげな表情を浮かべた。時恵は若い頃に片親を亡くし、幸子と力を合わせて生きてきた。二人は姉妹というより、むしろ親子のような関係だった。