GOMAXのブログ

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稀勢の里横綱昇進パーリー!!うちんち⑦

 深々と雪の降る中、イイェーーーイ!稀勢の里パーリーピーポー!うちんち⑦

 

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 うちんち⑦

 

それから数ヶ月が経った。茹だるような暑さから解放された頃、佐藤家の電話が鳴った。源三郎がふと目をやると、時計の針は午後十一時五分過ぎを指していた。源三郎は訝しんで「電話」と時恵に言った。時恵は慌てた様子で、急ぎ受話器を手に取った。


「はい佐藤……はい、はい」


時恵は妙に深刻な面持ちで話している。源三郎は時恵の背中に声を投げた。


「誰やねん、こんな時間に。非常識にもほどがあるやろ!」
「はい、そうですか。はい」


時恵は源三郎の言葉に耳を貸さない。源三郎は苛立ち、時恵に言い放った。


「誰やねんて!」
「ちょっと黙っててぇな!」


結婚してから今まで、口答えなどしたことのない時恵が、源三郎に向かって怒りを露わにした。源三郎は驚き、少したじろいた。


「はい、すぐに行きますよってに」


時恵は受話器を置くと、慌てて外出の準備を始めた。


「お、おい。どないしてん?」


時恵の様子が尋常でない。


「さつきが……! さつきが難産で、母子ともに危ないってお医者さんが!」


時恵は言いながら、手提げ鞄に財布やら何やら詰め込んでいる。源三郎はそう告げられたものの、気持ちの整理がつかず、湧き上がる感情を時恵にぶつけた。


「どこの誰とも分からんような奴の子供なんか産もうとするさかい、こんなことになるんや! 自業自得や。ほっとけ! 堕ろしたらよかったんや!」
「なんちゅうことを……さつきが死ぬかもしれへんねんで!!」


涙声の時恵に怒鳴られ、源三郎は一瞬、言葉を失った。


「……勝手にせい!」


源三郎は時恵にそう言うと、書斎に逃げ込んだ。時恵は、さつきの元へと急いだ。


――知るか! 行きずりの男と寝て、妊娠して……あんな親不孝もん――


静寂の中、書斎のかけ時計の秒針だけが鳴り響いている。怒りと心配が秒針のリズムに合わせて、交互に源三郎を襲った。

 

時恵が疲れた様子で帰って来たのは、翌日の朝だった。母子ともに予断は許さないが、なんとか命は取り留めたとのことだった。


平成六年十月一七日。源三郎は、おじいちゃんになった。

 

時恵は頻繁に、神戸のさつきのアパートへ顔を出しているようだ。さつきと子供は回復し、今では元気に暮らしているらしい。


時恵はさつきと会って帰ってくると、必ず孫の写真を源三郎に見せようとした。だが、源三郎は決して見ようとはしなかった。そのたびに時恵は「つれないおじいちゃんでちゅねー。花梨ちゃん」と、これ見よがしに言うのだった。


――誰が決めたか知らんけど、花梨なんて名前…………可愛いやないか。


源三郎は顔には出さず、そ~っと思った。


「意地張らんと、写真ぐらい見てやってよ」
「意地なんぞ張ってへんわ」


源三郎はいつも時恵にそう答えるのだった。


――意地やない。男の沽券の問題や、沽券――


と言いつつ、職場のセンター長室で一人、幼き頃のさつきの写真を眺めては、まだ見ぬ孫の顔を思い浮かべて目を細めていた。


♪オーマイリルガ~ァ、暖めてあげよう~
オーマイリルガ~ァ、こんなにも愛してる~♪
尾崎豊の『オーマイリトルガール』を歌いながら一人、希望の里の送迎バスを洗車する源三郎であった。

 

年が明け、平成七年。七草粥も食べ終わり、胃が落ち着きを取り戻し始めた頃――
さつきから電話が入った。花梨が熱を出したそうで、時恵は「しばらくさつきんとこ行って来る」と言って出かけた。


その夜。寝ていた源三郎は、体が揺すられるのを感じた。「時恵か……分かった分かった、起きるて」そう言って、源三郎は妻を払いのけようとした。いや、ちょっと待て。あいつはさつきの家に行っているはずや――源三郎は不思議に思い、のそりと起きた。


――ゴォーーーーー……


地響きと同時に、窓ガラスがカタカタと異様に震え始めた。次の瞬間、


――ドガァン!!


爆弾でも落ちたような音と衝撃が源三郎を襲った。そして、源三郎が寝ていたダブルベッドが命を得たかのように飛び跳ね出した。


「な、なんや! この世の終わりか?!」


源三郎はイエスとブッダアッラーに祈りを捧げた。揺れはやがて落ち着き、辺りはまた静かになった。源三郎は、布団を頭に被って恐る恐る階段を下り、居間にあるテレビのスイッチを入れた。ニュース速報が、和泉大津の震度を4と伝えていた。


地震やったんか~。原爆でも落ちたんかと思ったで」


源三郎はニュースキャスターに突っ込んだ。


――今のが震度4?――


少々腑に落ちない気もしたが、関西ではほとんど地震が発生しないせいか、震度4とテレビに出れば、そんなものかと思うのだった。


――グラッ……


「あ、また来た!」


源三郎は身構えた。が、今度の揺れは大したことのないものだった。


「なんや、これだけか? でも今日の地震はちょっとしつこいな……」


些細な違和感をさほど気に留めず、源三郎は再び床に就くことにした。


「まだ六時前やんけ。明日も早いし、寝な」


佐藤家の被害総額は二百円。茶碗が一枚割れただけだった。

 

源三郎が再び目覚めた時には、家を出なければならない時刻になっていた。急いでベッドから飛び起き、遅刻ギリギリに出勤すると、フロアのテレビの前でスタッフ達が居並び、画面に釘づけになっていた。


「どないしてん?」


源三郎が小宮山に聞いた。


「どうもこうも、センター長知りませんのん? 神戸、大変なことになってまっせ!」


小宮山は興奮気味にテレビを指差した。


「繰り返します。午前五時四十六分、マグニチュード7.3の直下型地震兵庫県南部で発生。神戸では甚大な被害が出ています!」


ニュースキャスターが読み上げると、画面には神戸市長田区の上空映像が流れた。
――……さつき、時恵……


「悪いけど俺、早退するわ! しばらく来られへんかもしれんけど、あと頼むで! それと、これ。これ借りて行くわ!」


源三郎は小宮山にそう言って、一般ではようやく普及し始めたばかりの、施設所有の携帯電話と充電機をポケットにねじ込み、その場を飛び出した。


テレビから流れる長田区周辺の映像を見た瞬間、源三郎は子供の頃に体験した、大阪大空襲を思い出していた。


焼夷弾が雨霰の如く大阪の街に降り注いだ。源三郎は母と手に手を取って、死の火焔渦巻く中を無我夢中で逃げ回った。どうにか命は取り留め、河内長野に住む親戚を頼って、灯りひとつない夜道をひたすら歩き続けた――ブラウン管の向こうの光景は、薄れかけていた当時の記憶を鮮明に蘇らせた。


空襲に見舞われたあの時、源三郎が一番苦労したのは水と食料、そして三月の夜の凍えそうな寒さであった。


――時恵とさつきが凍え、震えてるかもしれん――


家に帰ると、源三郎はすぐさま水道の蛇口をひねり、買い置きしておいたポリタンクに水を注ぎ始めた。それから家じゅうの食料を残らずかき集め、ありったけの毛布とともにパジェロに積み込んだ。そして、水で満たされたポリタンクの蓋をギュッと力いっぱい閉め、食料と一緒に車に押し込んだ。


パジェロのエンジンをかけると、源三郎は急いで神戸へと向かった。道すがら携帯から幸子に電話をかけ、佐藤家で待機しておいてくれるように頼んだ。


「何か連絡あったら、携帯に電話かけてな。ほな、頼むわ!」
「うんわかった。義(に)兄(い)さん無理せんと……」


幸子はまだ何か話していたが、源三郎は早口で用件だけ言うと、ブツリと電話を切った。


――今、お父ちゃんが助けたるからな――


源三郎はアクセルを強く踏みこんだ。

 

つづく