GOMAXのブログ

楽しいお話を書いていきたいと思っています。よろしくお願いします。

幸せだから笑うんじゃない。笑うから幸せなのだ。おまけ:うちんち⑨

「幸せだから笑うんじゃない。笑うから幸せなのだ。」ってなわけで、今日も笑って暮らそう。そうしよう。

 

「面白きこともなき世を面白く」「旨いは甘い!!」の精神で頑張るじょ。

 

 

 

 

うちんち⑨

呆然としている源三郎をよそに、葬儀は速やかに進められた。次々と参列者が訪れ、棺の二人に涙した。源三郎は花梨を抱きかかえ、会釈を繰り返した。


失意の源三郎に代わって全てを執りしきってくれたのは、時恵の妹の幸子だった。幸子のおかげで葬儀は滞りなく、しめやかに終了した。


「義兄さん、何かあったらいつでも言うてよ。私にできることやったら、何でも協力させてもらうさかい。花梨ちゃん、またね」


幸子はそう言って帰って行った。


参列者も手伝いのご近所さんもいなくなり、二人と一匹だけとなった佐藤家は、急にしいんと静かになった。


「源太……偉かったな」


源三郎は源太の頭を撫でた。源太は葬儀の間ずっと座布団に座って、源三郎と一緒に参列者の挨拶に付き合ってくれていた。


二人と一匹は祭壇の遺影を見上げた。壇上のさつきと時恵は真っ白な花々に囲まれて、穏やかに微笑んでいる。


「……」


源三郎の頬に、また一筋の流れが生まれた。

 

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いつの間にか、源三郎は祭壇の前で寝てしまっていた。源太も座布団の上で寝息を立てている。


「おぎゃーーー」


突然の泣き声に源三郎と源太は飛び起きた。


源三郎は花梨を抱き上げてあやしたが、泣き声は激しさを増すばかりだ。源三郎と源太はどうしたものかと、その場でじたばたした。


「そうか、オムツか!」


花梨の尻に手をやると、紙オムツは確実に重みを増していた。


「これやな」


源三郎はしてやったりと、どや顔で源太を見た。


「オムツ、あるかなぁ。時恵が買(こ)うとったような気ぃすんねんけどな~」


源三郎はそう言ってオムツを探した。しかしなかなか見つからない。そこで源三郎は源太を呼んだ。


「源太、これ。こんなやつがどっかにある思うから、手伝うてくれ」


源三郎は源太の鼻先に、おしっことうんちで重くなったオムツを翳した。源太は理解したのか、踵を返して奥の部屋へと歩いて行った。源三郎は引き続き、家じゅうをひっくり返して探した。


「あった! こんな所にあったんか」


探し当てたのは源三郎だった。オムツは下駄箱の中に入っていた。


「なんで下駄箱やねん。へそくりか!」


源三郎は亡き妻に突っ込みを入れながら、いそいそと花梨の元へ戻った。


オムツを探し出したまでは良かったが、今度は当て方がよく分からない。源三郎が四苦八苦していると、源太が戻ってきた。源太は古ぼけたクマのぬいぐるみを咥えている。

源三郎にそれを差し出すと、源太は「やったった」とばかり、得意気に再び奥の部屋へ消えていった。ぬいぐるみを受け取った源三郎は源太の背中に「ありがとう」と声をかけた。これはさつきが子供の頃、片時も離さなかったお気に入りのぬいぐるみだ。


「こんなん……どっから持って来たんや」


ぬいぐるみを握りしめた源三郎の目尻に、また涙が溢れた。


「おぎゃーーー」


「あ。オムツな、オムツ。ごめんごめん」


源三郎は涙で視界を曇らせながら、オムツと格闘した。ちょっと違うような気はするが、なんとかオムツを装着させることができた。それなのに花梨は泣き止まない。


「困った。なんでやねん?」


源三郎はちらっと時計を見た。


「五時か……」


少し思案してから、源三郎は電話に手を伸ばした。


「もしもし。すまん、こんな朝早(はよ)うに。花梨が泣き止まへんねん。……オムツはなんとか。うん、うん。……分かった、やってみるわ」


源三郎は、オムツの入っていた鞄から哺乳瓶と粉ミルクを取り出し、ミルクを大さじ二杯入れた。


「お湯、お湯」


お湯を沸かし、哺乳瓶へと注ぐ。


「熱さは、人肌程度……と」


源三郎は、哺乳瓶をフルフル振って温度を調節してみた。昔、時恵がさつきを育てる時に、こんなふうにしていたような気がする。


「こんなもんかな?」


源三郎は、哺乳瓶の吸い口をチューと吸ってみた。


「ぶあっち! 熱いな~……まだか」


源三郎は、フルフル・チューを何度か繰り返した。


「こんなもんかな?」
「ほぎゃあぁーーー!」
「はーいはい。ご飯ご飯」


花梨の口元に吸い口を持っていくと、花梨はパクッと吸い口を咥え、チューチューと勢いよくミルクを吸い始めた。


「ふ~。腹減っとんたんかな? さすが幸子ちゃん。経験に勝るものなしやな」
ミルクはあっという間に無くなっていった。
「ふぎゃぁあーーー!」
「今度はなんや! おかわりか?!」


源三郎はまたフルフル・チューしてミルクを作って飲ませた。花梨はこれも勢いよく飲み干した。


「食いしん坊やな~。山下真司か!」


源三郎がふと傍らを見ると、源太が「なんかちょうだい!」とばかりに源三郎を見上げている。


「せやな。俺らもちょっと食うとくか」


源三郎は、通夜振舞いの残りの寿司をつまんだ。唐揚げを渡すと、源太は嬉しそうに食べ始めた。


「これからは、これが我が家の団欒やな」


源三郎は少しだけ微笑んで、祭壇の時恵にそうつぶやいた。源三郎の腕の中で、花梨がほやっと笑っていた。

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その日から源三郎は〝妻と娘を亡くした可哀そうな男〟という感傷に浸る暇も無く、子育てに奮闘しなければならなくなった。花梨はわけも分からず泣きまくる。源太はお散歩、お散歩とせがむ。源三郎は、てんてこ舞いの毎日を過ごすこととなった。そうこうしているうちに忌引きの一週間が経ち、源三郎は再び希望の里に出勤する日を迎えた。


「義兄さんが仕事行ってる間、見といたろか?」


幸子が心配して申し出た。とてもありがたかったが、源三郎はそれを断った。


「いや、さっちゃんにそこまで甘えるわけにはいかん。この子はできるだけ俺の手で育てたいんや。せやけど、もうアカンちゅう時は、頼むわ」


源三郎は背広に着替え、おっぽ(おんぶ)紐で花梨を背中に括りつけ、出勤した。


「おはよう!!!」


職場に入ると、源三郎はできる限り元気な大声で挨拶した。職員は皆、どんな顔をして源三郎と会えばいいのだろうと思い悩んでいたが、源三郎の溌溂とした様子を見て、そんな心配はかき消された。と、そこへ次長の小宮山が飛んできた。


「センター長、このたびは……」


小宮山は神妙な面持ちで労いの言葉を口にしかけたが、「せ、センター長?」と、素っ頓狂な声で背中の花梨を指差した。


「ああ、これ花梨いうてな、俺の孫や。突然湧いて出て来よってん。母親死んでもうたし、保育園かて六ケ月んなるまではあかんねんて。せやからあと三ヶ月だけ、頼むわ」


源三郎は小宮山に両手を合わせた。


「せやかて、赤ん坊連れて仕事て……」


小宮山は難色を示した。


「いや、ちゃんとやるよ。仕事には支障出えへんように、今までの三倍頑張るよって。な、頼むわ!」
「まぁ、センター長のことやから、中途半端なことはない思いますけど」
「ほな決まりやな。小宮山君ありがとう!」


特別養護老人ホーム 希望の里』は、センター長が孫(こ)育てをしながら働くという、時代の最先端をゆく画期的な施設となった。


入所している女性高齢者達は、こぞって花梨を可愛がった。花梨を抱かせると、涙を流して喜んでくれる入所者もいた。いつしか花梨は、希望の里のアイドルになっていた。

 

花梨は二時間おきに「じいちゃーーーん!」とばかりに号泣する。夜泣きも激しく、源三郎が抱いてあやさないと寝つかない。哺乳瓶を咥えさせながら、源三郎も疲れ果てて気を失うように眠るのだった。


幸子が頻繁に家に来るようになり、花梨の世話をよく焼いてくれた。その間に源三郎は買物や用事を済ませた。


花梨を連れての勤務は三ヶ月だけとの約束だったが、期限の三ヶ月が経った時、希望の里で施設会議が開かれた。その結果、幼稚園入園まで延長との決定が下された。理由は一つ、〝可愛いから〟。ただし、監査等で外部の人間が来る時は、幸子に預けることとされた。

 

「そろそろ離乳食ですね」


女性スタッフに言われ、源三郎は離乳食を花梨に与え始めた。最初は作り方が分からず戸惑っていた源三郎だったが、徐々にレパートリーが増えていき、花梨の食の充実が図られていった。花梨はすり下ろしたレバーでも野菜でも、与えるだけ全部、綺麗に平らげた。

 

そのたびに源三郎は「食いしん坊やな。山下真司か!」と花梨に突っ込むのだった。

 

花梨は、一歳の誕生日を無事迎えることができた。幸子が祝いの料理を用意してくれた。源三郎は、心から幸子に感謝していた。


「ありがとう。さっちゃん」


源三郎の改まった挨拶に幸子は「嫌やわぁ義兄さん、何言うてんのん」と照れるのだった。その傍らでは源太が、何にでも興味を示すようになった花梨にムチャクチャにされていた。


花梨に歯が生え揃った。這った、立った、笑った! ……日々成長していく花梨の姿は、時恵とさつきを失った源三郎の悲しみを、少しずつ和らげてくれた。

 

 

その日も源三郎はホームのセンター長室で、花梨を来客用ソファーに寝かせながら、事務仕事をこなしていた。


「ふ~。今日もええ天気や」


源三郎は窓から外を眺め、立ち上がって大きく伸びをした。


「じちゃん」


後方から誰かに声をかけられたような気がして振り返ると、花梨が源三郎を見ている。


「じちゃん」


花梨が初めて言葉を発した。源三郎は慌てて花梨に近づき、もう一度、と促した。


「じちゃん!」
「しゃべった、喋ったで!」


源三郎はセンター長室のドアを開け、事務室のスタッフ達を呼び寄せた。


「センター長。どうしはりましたん?」
「花梨が……花梨が、じいちゃんって!」


源三郎は興奮しながら小宮山に言った。


「ホンマですか?!」


小宮山もビックリ眼(まなこ)で答える。


「じちゃん!」


花梨は大きな声で言った。


〝花梨が喋った事件〟は、その日の昼食時、全館放送で報告された。

 

一歳を過ぎた頃から、怒涛のご病気ラッシュが花梨と源三郎を襲った。花梨は、かぜ・おたふく・風疹・百日咳と、片っ端から小児病にかかっていった。そのたびに源三郎は「死んじゃう、死んじゃう!」と慌てふためき、幸子に何度もご出動願った。


こうして花梨と源三郎は、怒涛の〝死んじゃうかもしれない期〟をなんとか乗り越えた。四歳になる頃には、通い詰めた小児科へもパッタリと足が遠のいていた。

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この春からいよいよ、花梨も幼稚園デビューである。


「花梨ちゃん。あんたはめでたく四歳になり、明日から幼稚園に通うことになりましたので、希望の里を卒業します。平成十一年四月一日。利用者代表 榊原とゑ子」


割れんばかりのまばらな拍手が、榊原とゑ子(九十三歳)と花梨に贈られた。源三郎と多くのスタッフは、涙を流して花梨の卒業を祝った。


朝、花梨を幼稚園に送り出し、スーパーダッシュで出勤。仕事が終わると急いで花梨を幼稚園に迎えに行く。源三郎は幼保一環制度をフル活用し、花梨を最終時間まで預かってもらっていた。仕事が忙しくてどうにもならない時は、途中で抜け出し、花梨を迎えに行って再び職場に戻る――そんな生活が続いた。

 

つづく