GOMAXのブログ

楽しいお話を書いていきたいと思っています。よろしくお願いします。

女子トイレ覗いてみたい!!おまけ:うちんち⑩

「女子トイレ覗いてみたいねん!」

 

真剣な面持ちで僕たち悪童連に話を持ちかけてきたのは、A君だった。A君は私たちと違ってとってもシャイで内気な少年だった。

 

そう、あれは中学3年生の秋。頭の先から足の先まで未だ見ぬ想像上の憧れ、「女体」で埋め尽くされていたときのお話。

 

このA君小学校の時、将来の夢を卒業文集に書くところへ「地方公務員になりたい」と書いてしまうほど堅実君。

 

そんな彼が「女子トイレをのぞいてみたい」と言うのだから、仕方がない。

 

任せておきなさい。

 

堅物一片通りの彼も二次成長の荒波には逆らえなかったのだろう。ウン、ウン。我々もそれは痛いほどよく分かる。


われわれ悪童チームは、やる気満々。意気揚々。粉骨砕身。A君の力になってあげることにした。


題して「A君の夢を叶える作戦!!」


ホント、男子中学生ってバカですね〜。

 

それはさておき、

 

三年生のトイレは一階にある。コの字型の校舎なので、反対側からオペラグラスでも使えば覗けるかもしれない。

 

しかし、反対側の二階は美術教室である。ここで早くも問題発生。鬼の美術教師、生活指導担当に見つかった暁には、一発や二発殴られる程度では済まない。命の危険すらあるのである。

 

生命維持に危険のある美術室のある2階はパス。

 

では三階。角度が急すぎて女子トイレの中が見えない。

 

そこで我々が導き出した答えは、コの字型の校舎の中庭には校舎に沿って花壇が設置されていた。

 

そこで、花壇の手入れをしている体で、中を覗く。と言うものだった。

 

しかし、窓の下側はスリガラスなっていて何も見えない。肩車をしても、女子トイレの中は見れるものの、肝心のまさに女子が行為をしているところは見ることができないのである。これでは手落ちである。

 

トイレの上の部分が少しあいているので、やっぱりその中を見たいではないか。

 

となるのは至極当然のことである。

 

そこで、我々は中学三年間。体育祭でいやいややらされてきた組み立て体操の要領で高さをまして中を覗くこととした。

 

こんな時に組み立て体操が役立つとは!!

 

と一同。狂喜乱舞。

 

いざ、出撃。

 

トイレが混むお昼休憩我々はダッシュで中庭に集合して三年間練習し続けてきたピラミッドを素早く組んだ。

 

最後にA君を肩車したしたやつが、てっぺんに立つだけだ。

 

一番下の土台になっていた私は、

 

「まだか、まだか?見えたか?」

 

を繰り返していたが、返ってくる答えは

 

「もうちょっと、もうちょっと」

 

だった、A君を肩車していた奴が

 

「お〜女子おるで〜」

 

歓喜の声を上げた瞬間

 

コの字型の校舎の反対側から

 

「コラ―――――――お前らなにやっとんじゃーーー」

 

と、聞きたくない、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

その声に驚きピラミッドはもろくも崩れ去った。

 

その声は言わずと知れた美術教師のものだった。

 

美術室の前はまずい。との理由で、中庭でピラミッドとなったのだが、美術室からはこのトイレがしっかり見えるのだった。

 

我々はそのことをすっかり忘れていた。中庭なら大丈夫と誰もが思い込んでいたのだ。

やっぱり、バカばっかり。

 

案の定こってり絞られた。

 

「僕たち花壇の手入れしてただけですよ」

 

と一応言い訳してみたが問答無用、鉄拳&廊下に正座と言う今のご時世だったらえらいことになるぞ的な体罰を受けることになった。

 

学校の帰り道A君に「見えたか?」と聞いたら、

 

「誰かに見られてへんかと思って、きょろきょろしてたから、あんまり中見てへんかってん」

 

と、なんともまぁ、彼らしい返答。

 

そうして、「A君の夢を叶える作戦」は失敗に終わった。

 

がっくし。

 

しかし、この話には後日談がある。

 

文化祭の前日、文化祭の準備が有るから。との理由で夜遅くまで学校に残っていたとき。

 

チャーンス到来!!

 

とばかりに、我々はA君を連れて夜の女子トイレへと向かった。

 

電気をつけると怪しまれるので、暗闇の中、我々は女子トイレの前で両手を広げて、A君に

 

「さーー思う存分覗くがいい!!」

 

といってのけたのだった。

 

気のいいA君は

 

「ありがとう」

 

と言って漆黒の女子トイレへと消えて行った。

 

トイレからでてきたA君は

 

「女子トイレ覗いちゃった」

 

と、無邪気な笑みを浮かべて喜んでいた。

 

まぁ、一応これでも作戦は成功か。と我々も勝利のガッツポーズを決めるのだった。

なんじゃそりゃ。

 

(/。\) ハズカシイ

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うちんち⑩

改革派センター長・佐藤源三郎は、施設内で次々とアイデアを実現していった。
地域連携強化運動と冠し、近所の保育園と連携し、施設運動会や七夕会を開催した。子供たちの嬉々とした笑顔に、普段は無表情に天井を眺めている老人達も表情を綻ばせた。


また、オムツゼロ作戦を立ち上げ、オムツをしている利用者に積極的にトイレ誘導を実践し、オムツ人口減少を実現させた。


「次は……これやな」


源三郎は、機関誌を読みながら漏らした。


「次は、アニマルセラピーや!」


機関誌を掲げて、源三郎は次なる施設改善作戦を小宮山達に宣言した。


最近、源三郎は源太の相手をなかなかしてやれず、どうしたものかと悩んでいた。そこに飛び込んできた『アニマルセラピー』の文字。これぞまさしく一石二鳥、渡りに船!
翌日から、源三郎は源太を連れて出勤した。公務員時代に同僚だった獣医師に協力を得て、犬好き・動物好きの利用者を集め、源太のことを、もうメチャメチャに可愛がっていただいた。これも源三郎の狙い通り、皆喜んでくれた。


かくして源三郎は、職場公認で源太を同伴させることに成功した。源太は施設の中庭に、専用の犬小屋まで用意してもらった。


仕事が終わると、花梨を幼稚園に迎えに行き、源太の犬上に花梨をちょこんと乗せ、土手を散歩して帰るのが源三郎の日課となった。

 

「花梨! 巳(み)ーさんとこで買物して来てくれへんか」


源三郎は台所に立ち、夕食の支度をしながら大きな声で花梨に呼びかけた。花梨は幼稚園から帰って来てからずっと、居間のちゃぶ台に向かって正座し、夢中で何かをやっていたが、源三郎の呼びかけに


「うん。わかった!」


と作業の手を止め、すぐさま玄関へ走って行った。そして玄関脇に置いてある、お気に入りの小さな赤いリュックサックを背負った。


「花梨。お守り、お守り」


源三郎は炊事の手を止めて花梨を追いかけ、二つに折ったメモを紐のついた小さな袋に入れると、花梨の首にかけた。源三郎からお守りを受け取った花梨は、急いで小さな靴を履いて玄関を出た。


「源太、行くで!」


花梨は犬小屋に繋がれている源太の鎖を外し、いつもどおり源太の背中に「えい!」と乗った。


〝巳ーさんとこ〟とは大津の公設市場のことで、大津神社の隣にあることから、住民にそう呼ばれていた。


「クミン、コリアンダーターメリックナツメグ、カルダモン、クローブフェンネル、ブラックペッパー、ジンジャー、オールスパイス。これで全部やね」


八百屋のおばちゃんは、花梨のお守りから取り出したメモを見ながらそう言うと、大きく膨れた袋を花梨のリュックに押し込んだ。


犬上から一歩も動かずに買物できるのは、この公設市場くらいだ。市場を一周すれば手に入らないものはない、と花梨は本気で思っていた。


花梨が買物に出かけた後で、何を一生懸命やっていたのかと、源三郎はテーブルの上を見た。すると、クレヨンで力強く、白い画用紙からはみ出るほど大きく絵が描かれていた。源三郎と、源太の背中に跨っている花梨の姿。大爆笑している太陽の前を、二人と一匹がこれまた大口を開けて笑い、真っすぐな道を歩いていた。

 

源三郎の充実しすぎるくらい充実した時間は、あっという間に過ぎていった。平成十一年――一九九九年。ノストラダムスの世紀の大予言はお見事! ハズレ。恐怖の大王は現れず、佐藤家には花梨大王が降臨していた。


「月水地火木土っ天海冥に代わって、お仕置きしまくりよ!!」


花梨が源太に一方的にこちょこちょ攻撃を仕掛けている。源太は反撃しないものの、めちゃくちゃ迷惑そうな顔をして、花梨に無言の抗議をするのだった。

 

翌平成十二年。源三郎を始めとする希望の里スタッフが、世紀末伝説よりも遥かに心配していた、関係者には天変地異ともいうべき歴史的瞬間が、今まさに訪れようとしていた。恐怖の大王の不気味な足音が大地を揺るがし、すぐそこまで迫ってきている。源三郎達は「来るぞ、来るぞ……」と固唾を飲んで待ち構えていた。


いよいよ四月。恐怖の大王――介護保険制度が始まった。これまでと一八〇度違う、全く新しい制度のスタートだ。


「あかーーーん!」


準備がちっとも追いつかない。三月末に配布された指導要綱も、全く要領を得ない内容である。介護保険法実施開始の四月を過ぎてから、毎日のようにインターネット上のQ&Aが更新されている。『概ね』『おおよそ』『等』といったお役所言葉でふわわーんとごまかされていた要綱の内容も、少しずつ輪郭を現し始めた。


「センター長! 解釈が! 解釈が、ちゃうらしいですわ!」


小宮山もキレッキレになりながら対応に追われている。


「最初の指導要綱があいまいすぎやねん! ケアマネどないすんねん! 相談員ってなんや、誰がすんねん?! ケアマネとちゃうんかいな? えらいこっちゃーー!」


役所で公文書を嫌というほど熟読してきた源三郎でさえ、こうである。希望の里の混乱ぶりは常軌を逸していた。

 

介護保険指導要綱の内容たるや、例えるならば、お好み焼きの上に、マヨネーズの代わりに木工用ボンドを塗りたくられ、


「おいしく召し上がれ。ボンドは食べちゃダメよ」


と言っているようなものだった。


「どないせいっちゅーねん!!!!」


源三郎の叫び声で、中庭で寝ていた源太がビクリと飛び起きた。源太は辺りをひととおり見渡すと、春の陽気に誘われ、何事も無かったかのように再び眠りに落ちた。


――ホー、キョッ。ホー、キョッ。


鳴き方の下手なウグイスが、忙殺される源三郎達を嘲笑うかのように歌っていた。

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介護保険の倉卒も落ち着きを見せ始めた翌年、花梨もとうとう小学生になった。入学式当日、源三郎は、家の前で源太と花梨を並ばせて写真を撮った。ランドセルに背負われている花梨の姿を、レンズ越しに眺めていると、知らずに涙が溢れた。

 

今日は、時恵とさつきの墓参りに行く予定だ。源三郎は朝食を用意し、花梨を起こしに行った。小学二年生の花梨の部屋には、北島三郎の特大ポスター(め組の親方姿)がどーんと貼ってある。


「渋すぎるやろ。もう二十一世紀やぞ」


源三郎が突っ込んだ。


いつ頃からか、花梨は源太と一緒に寝るのが習慣になっていた。源三郎がカーテンをシャーっと勢いよく開けて花梨の布団を剥ぎとると、源太が先に飛び起きてベッドから降りた。それでも花梨は起きようとしない。源三郎は花梨の机の上に置いてあった立て笛を手に取り、ベッドのフレームを叩いた。


――カンカンカンカンカーン!


♪朝だ、あっさっだーよー! 爽―やーかなー朝だー♪


「花梨、まんまんちゃん行くで~。お母さんとおばあちゃんのとこ行くねんで~。早(はよ)う起きな、バチ当たんど~」


花梨は眠い目をこすって起き上がり、源三郎に声もかけず、ボーっと歩き出した。


「花梨、おはようは?!」


源三郎の声かけにも応じず部屋を出て、花梨はバタンとトイレのドアを閉めた。よほど溜まっていたのか、排尿音がドアの外にいても聞こえてくる。


「おしっこかいな」


源三郎は台所へと戻った。

 

外は秋晴れで気持ちが良く、絶好の墓参り日和だ。墓は歩いて二十分ほどの所にあった。源太を連れ、二人と一匹はお墓へ向かった。図体の大きな源太だが、小学二年生になった花梨を背中に乗せることは、さすがにできなくなっていた。


源三郎は時恵とさつきの眠る墓石へ、花梨は墓石とは別の方へ足を向けた。源三郎は墓石の前に着くと、古い花を捨て、周囲の草抜きを始めた。


♪波の~谷間に~命の花がぁ~、ふたつ~並んで~咲い~ている~♪


鳥羽一郎の『兄弟舟』を歌いながら、花梨は小さな両手で大きな水桶を抱え、よたよたと源三郎の元まで持ってきた。


「お、おじいちゃん。お水!」
「ありがとう。そこ置いといて」
「うん」


ドンと置かれた水桶から柄杓を抜き、源三郎は墓石を濯いだ。花梨もお手伝い。ひととおり綺麗になると、源三郎は家から持ってきた、お彼岸用の小菊を活けた。そして墓石の前に二人でしゃがみ込み……合掌。


――花梨も、もう八歳や。早いもんやなぁ。あの震災からもうそんな経つんやなぁ。まだもうちょっと、そっちには逝かれへんけど……お母ちゃん、さつき。見守っててや――


「よっしゃ、行こか」


源三郎は立ち上がり、花梨に言った。


お墓からの帰り道。源三郎は「あっ!」と何かを思い出したような声を上げ、来た道とは異なる道を歩き始めた。


「どこ行くん?」


花梨が聞くと


「いやな、確かこの辺やねんけどな…」


源三郎は辺りをきょろきょろ見渡しながら答えた。


「あー。ここや、ここや」


源三郎は、一軒の家の前で立ち止まった。その家は佐藤家とは違って、広い庭に、ゴルフのグリーンのように綺麗に刈られた芝生が敷き詰められていた。


「覚えてはるかな?」


源三郎は戸惑いながらチャイムを鳴らした。


――ピーンポーン


「はい、はーい。開いてますよー」


元気のよい女性の声が家の奥から聞こえた。源三郎は門を開け、庭へと入って行った。花梨と源太もそれに続いた。


「すいません、佐藤です。ご無沙汰してます」


源三郎は玄関先で言った。


「はいはい」


家の中から、源三郎と同じ年くらいの女性が、エプロンで手を拭きながら現れた。


「え~っと。佐藤さん?」


その女性は、源三郎のことを思い出せないようだった。


「あの~」
源三郎も少し困った様子で、どう説明したものか考えていた。


「そや、こいつ。覚えてはりますか?」


源三郎は、源太の顔を無理やり女性の方に向けた。女性はまじまじと源太の顔を見ると、突然、甲高い声を上げた。


「あー、源太ちゃん! ……やったっけ?」


源三郎は、やっと思い出してもらい、ほっとした。


「そうです、源太です。以前、何度かこちらにはお礼に伺ったんですけど」
「あー。はいはい。佐藤さんね。覚えてますよ。奥さまはお元気?」


源三郎は少し顔を曇らせ、静かに答えた。


「妻は、死にました」
「それはお気の毒に……」


女性はバツが悪そうに言って、次の言葉を失った。それを察知した源三郎は、努めて明るく答えた。


「いやー。まぁ。男やもめで何かと不便ですが、それなりにやってますわ」
「そうですか。こちらは、お孫さん?」


女性は少しほっとした様子で、花梨に目を向けて言った。


「花梨、挨拶」
「こんにちは!」


源三郎が促すと花梨は元気に答えた。


「ここん家(ち)はな、源太のお母さんがおったお家(うち)やねん」


源三郎が花梨に告げた。


「源太のお母さん?!」


花梨は驚いたように答えた。


「そうよ。昔、花梨ちゃんのおばあちゃんが、源太ちゃんをもらってくれてん」


女性は花梨に目線を合わせ、優しく言った。


「源太のお母さんは?」


花梨が目を輝かせて聞いた。


「お母さんは、何年も前に天国に行ってもうたんよ」


女性が答えた。


「源太も、お母さん死んでもうたんや」


花梨は慰めるように、源太の頭を撫でた。そんな花梨の様子を見ていて、源三郎は少し複雑な気持ちになっていた。


「でもね」


女性は明るい口調で話を続けた。


「源太ちゃんの妹ならいるわよ。兄弟ね」
「源太の妹?」


花梨が聞くと、「そうよ」と女性は笑顔で答えた。


「花梨、源太の妹に会いたい! おばちゃん、どっち?!」


花梨は早口に聞くと、源太を連れ庭に出た。


「ふふふ」


女性は少し笑うと、玄関に置いてあるつっかけを履いた。広大な庭を横切って家の横に回ると、大きな犬小屋があった。源三郎が作った源太の小屋の倍はある。


「ここよ」


女性が花梨を案内すると、花梨は目を輝かせて犬小屋の中を覗きこんだ。


「あっ!」


花梨は驚いた。


「どうした?」


後を付いてきていた源三郎が花梨に聞いた。


「赤ちゃん! 赤ちゃんがおるで、おじいちゃん!」
「えっ?」


源三郎も少し驚いて犬小屋を覗きこんだ。子犬達は母犬の胸に抱かれ、幸せそうに寝ている。花梨は小声で


「源太の……?」


とまで言い、源三郎の顔を窺った。


「姪っ子か甥っ子やな」
「姪っ子?」
「そうやなぁ。おじいちゃんからしたら、幸子おばちゃんとこの、お兄ちゃんやお姉ちゃんのことやな」


源三郎が花梨に答えた。花梨は「ふ~ん」と、ちょっと分からない顔をしている。源太はもっと分からんちん顔だ。


「おばちゃん。赤ちゃん、抱っこしてもええ?」


花梨が女性に聞くと


「ちょっと待ってね。おばちゃん、赤ちゃんのお母さんに聞いてみるから」


女性はそう言って犬小屋の中へと手を伸ばした。


「キャサリンちゃん。ちょっと赤ちゃん抱っこさせてもらっても、いいかしら?」


そう言いながら赤ちゃん犬を一匹、犬小屋の外へ出してくれた。


「赤ちゃんのお母さんが、いいよって」


女性は、花梨に子犬をそっと手渡した。花梨は緊張した様子で、子犬を抱きかかえた。


「小さいね……温かい」


花梨は、子犬に優しく言って、源三郎を見た。源三郎は優しくうなずいた。花梨はいとおしそうに、子犬を抱きしめている。


――ちょっと、まずいな――


源三郎は、そんな花梨の姿を見ていて思った。しばらくの間そうしていたかと思うと、花梨は急に源三郎の方に振り向いた。花梨の目はらんらんと輝いている。


「おじいちゃん!」


――ほらきた。


「赤ちゃん、飼ってもいい?!」


――やっぱり!


源三郎は慌てて言葉を挟んだ。


「せやけどほら、ここの飼い主さんに聞いてみんとなぁ」
「あら、うちなら結構ですよ」


女性は即答した。


――あっちゃ~。


源三郎は、しまったとばかりに顔をしかめた。


「花梨が面倒見るからぁ!」


花梨が源三郎に懇願した。


――この流れ、どこかであったような――


源三郎はデジャヴを体験していた。


花梨はそれから、毎日のように源三郎にねだり倒した。お風呂場でも布団の中でも、源三郎がトイレで手強い硬(かた)ウンコと格闘している最中でも、おねだり光線を照射し続けた。


ついに根負けした源三郎は、ある日の夕食時、トムヤムクンを啜る花梨に、子犬の話を切り出した。


「しゃーないな。花梨が面倒見るんやで」
「おじいちゃんありがとう! 花梨ホンマ、大切に育てるさかい!」


♪ズン・ズンズン・ズンドコ、キヨシ!ズン・ズンズン・ズンドコ、キヨシ!♪


『キヨシのズンドコ節』を歌いながら家じゅうを踊り廻る花梨の姿を見て、源三郎は


――まぁ、これで良かったんかな……。

 

と思うのだった。

 

 

つづく