旅は道連れ世は情け おまけ:うちんち⑱
旅は道連れ世は情け。
旅先で出会った素敵な人々を紹介してみよう。誰にしようかな~。よし、今回は呉の兄さんの話にしよう。
広島は呉、軍艦の町。
戦艦大和ミュージアムに行きたくてこの地を訪れた。
1/10スケールの戦艦大和。言わずと知れた、悲劇の巨大戦艦。そこにあるだけで、悲しみの歴史を語りかけてくる特攻潜水艦回天。息が詰まるような声なき声がガラス張りの明るい館内に溢れていた。
愛する人を守るために散っていった先人の大和魂に熱い思いを胸にたぎらせ、うっすらと涙を浮かべて館を出た。
興奮冷め止まないまま、居酒屋に入った。
暖簾をくぐって、中に入ると、まだ5時の鐘が鳴らない時間だというのに人でごった返していた。
「お客さん、すみません。席一つ詰めてもらえますか」
板場さんがカウンター越しに威勢の良い声を飛ばす。
一組のカップルが、はいはい。と、気前のいい声で答えて、席を一つ開けてくれた。年の頃なら50歳前後と言ったぐらいか、角刈りのがたいのいいお兄さんだった。
私は、すみませんと会釈してカップルに答えた。
私なんかは、親が戦後生まれなので戦争なんて知る由もないのだが、まるで体験してきたかのように、興奮気味に連れと話していた。
すると突然、左隣からにょきっとビール瓶が私の目の前に現れた。
席を開けてくれたカップルのお兄さんだった。
「兄ちゃん関西かい?」
お兄さんは、「ほれ、グラス持ちな」と言うように瓶ビールの口を振って催促した。
「あっ。すみません」
「ここは、呉だ。よそもんがきたら、歓迎してやらんと、呉の名落ちだ」
兄さんはそういって、なみなみとビールをグラスに注いでくれた。
「いただきます!」
体育会系の兄さんには体育会系後輩のり!鉄則である。
「この人はそういう人だから、ごめんなさいね」
ひょいと兄さん越しに顔を出した女性が、艶っぽい笑みを浮かべて私に会釈した。
(*´ェ`*)ポッ
「よし気に入った!兄ちゃん次行くぞ!」
兄さんの店に連れて行ってもらい。これでもか!というほどに、飲まされた。いや、もてなしていただいた。
「日本の国は俺たち日本人が守らなきゃいけん!!」
と終始、ちょっと右寄りの兄さんだったが、郷土と祖国をこよなく愛する素敵な日本人に出会えて、うれしかった。
アリガト\(^^\)(/^^)/アリガト
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
うちんち⑱
翌日から、花梨は宿題を持って、毎日源三郎の元へ通った。宿題を教えてもらえると思っていた花梨は、完全に当てが外れた。
「花梨、こんな難しいことやっとんのか?」
源三郎は手にした宿題を眺めては、すぐにプリントを飛行機に変えてしまう始末だった。
「あかんやろ、ちゃんとせんと! 成井先生に怒られるで!」
花梨が源三郎をどやす。これではどっちが教えているのか分からない、と花梨は思った。
「一人でやったら三十分ぐらいでできる宿題も、おじいちゃんとやったら二時間かかるわ!」
と、源三郎に花梨が苦言を呈すると
「せやからワシ、やらんでええ言うとんのに」
「こんなん、できひんから嫌やねん」
「分からんのに、せえ言われてもなぁ」
源三郎は、ネガティブ・アピールを連発する。そのたびに花梨は源三郎を叱咤した。
「あかーーーん! ほら、四時十五分の五十分後は?」
「……四時六十五分」
「そんなん無い! ほら、おじいちゃん消しゴム!」
成井にコピーしてもらったプリントを鉛筆で真っ黒にし、消しゴムをかければビリビリと破り……源三郎は、嫌々ながらも花梨に付き合わされて宿題に挑むのだった。
そんなことを三週間ほど続けた頃、成井が花梨を呼び出した。
「花梨ちゃん。おじいちゃん、何か好きなこととか、好きなもんとかあるかな?」
「おじいちゃんの好きなもん?」
花梨は眉間に人差し指を当てて考えた。
「ん~、そうやなぁ。囲碁好きやな。お料理も、歌も。せや、源太も好きやで」
花梨が顔を上げて成井に言った。
「そうか、いろいろあってええわ。ほな、ちょっと待ってて」
成井はそう言うとどこかに走って行き、ほどなく大きな碁盤を抱えて戻って来た。
「これ」
成井は碁盤を床頭台の下に置いた。
「とりあえずは、花梨ちゃん、おじいちゃんに囲碁教えてもろたらええわ。源三郎さん。花梨ちゃんに囲碁教えたって下さい」
成井はそう言って、部屋から出ようとした。花梨は慌てて成井の後を追い、声をかけた。
「うち、囲碁やんのん? ルール分かれへんで?」
「おじいちゃんも、ルール忘れてもうた算数や国語、一生懸命やってるやろ? それと一緒や。協力してくれるんやろ? な! 頑張って!」
成井はそう言ってどこかに行ってしまった。
「協力する言うたけど、囲碁教(おせ)ーてもらうんと病気と、何の関係があんねん? ミラクルやわ~、成井はん」
花梨は居室に戻ると、宿題ドリルを片付け、碁盤をベッドの上に置いた。
花梨も以前から囲碁にはちょっぴり興味があった。テレビアニメ『ヒカルの碁』を見ていて、ふむふむ、なるほどねと思っていたからだ。
「おじいちゃん。うち、藤原佐為みたいになりたいさかい、あんじょう教えてや。女流棋士・花梨の誕生や」
花梨はそう言って、碁盤の上に碁器をドンと置いた。
それから成井は、次は源太と散歩、次はお料理、と源三郎に作業をさせ、花梨にお手伝いの指示を出した。そのたび花梨は、
「これがリハビリなん? ミラクルやわ~、成井はん」
と、首を捻るのだった。
源三郎が安楽苑に入所して二ヶ月が過ぎた。
オムツが外れ、トイレで排尿排便ができるようになり、料理も以前のように、キャベツの千切りがふわふわに切れるまでに復活していた。
「香りづけに……花梨、コリアンダーとカルダモン取ってくれ」
ADL室で源三郎は、得意のカレーを作っていた。花梨は久しぶりに源三郎のカレーが食べられると、胸を躍らせた。
源三郎は花梨に買って来させた調味料を鍋の中で調合すると、花梨の腕の長さほどもあるお玉で、魔女のように寸胴鍋をかき回した。
「成井先生、おじいちゃんのカレー食べたら、よそで食べられへんようになるで」
花梨は得意気に成井に言った。
「そろそろ、退所かな?」
成井は本格派カレーを煮込む源三郎と、その様子を嬉しそうに見つめる花梨の姿を見ながら、笑みを零すのだった。
つづく