理想の死に方
介護とか健康のバーナーを張り付けているのに全然、そっちの話をしていないので、ここらで少し書いてみようかと思います。だって、介護とか健康のお話って、重くないですか?暗くなっちゃう。なので、楽しいお話が好きです。でもまぁ。少しだけ。
私は子供の頃から死を見慣れている。
小児病棟で長期間暮らしてしていた幼少期。
昨日まで一緒に遊んでいた子が今日はICU。数日後には家族が泣きながらわが子の病室を片付けていく。
他の子供の親たちは、「次は我が子かもしれない」と恐怖を顔色に滲ませて、お悔やみの言葉をそっとかける。
そんな光景が毎日のように繰り広げられていた。
時が流れ、私は幸いにも命をつなぎとめることができた。
何の因果か、私自身が病院に勤める事となり、毎日のように人の死と直面している。
何十年と寝たきり生活を余儀なくされてきた方々からすれば、語弊を恐れずいうなれば、ある意味苦痛と苦悩から解放される瞬間。
それが死である。
「ピンシャンコロリ」が幻想となった「今」の現状である。
宗教も「長生き寺」改め「ぽっくり寺」と商売の方向転換をしているほどだ。
食事が口から食べられなくなったら胃に穴をあけて胃瘻チューブで栄養満点。
呼吸ができなくなったら気管切開。人工呼吸器。
便が出なくなったら、人工肛門。
尿管挿入で尿閉も安心。
これじゃ、長生きするわな〜。
月に何百万円も税金と医療費を使って延命、延命。
天国から一番遠い国。寝たきり生活世界一の国。日本。
それが世界一の長寿国の実態。
「年寄りは早く死ねと言うのか!!」
とお怒りの方もござりませうが、死ぬのって意外と難しいのでご安心ください。
「延命治療は必要ありません」と幾ら本人や家族が言っても、人の命は地球より重いのだ~。と寝たきり高齢者が増えてお金が儲かって一番得する〇〇〇様たちは、当然、胃婁も気管切開も人工呼吸器も「延命ではありませんよ。治療の一環です」と言い切ってしまう。
家族は当然「そうですか、ならば先生よろしくお願いします」てな塩梅で延命、延命。
「もう十分生きたから、もう死んでもいいのだ」
と高齢者の皆様は一様に言われるが、なかなかどうして、そんなに簡単には死ねない仕組みになっているので、長生きします。寝たきり20年なんてざらです。それが日本の医療の現状である。
ウェルニッケ肢位
開排肢位
(〇〇〇様任せ、人任せで人生の選択を失敗して長生きすると、人はこんな形で全身が固まりま~す)
いやいや、私の知り合いは、前日まで元気に働いていて次の日に亡くなったよ。
なんて、ハッピーな方もおられますが、数%もいない話です。楽観の法則にしたがい、自分だけは大丈夫。と思われる方も多いでしょうが、そうは問屋が卸さないのです。
医療費を子供の頃にふんだんに使わせていただき、生きながらえた命ですが、死に時、逝き時、潮時を外さないように死ねたらいいなぁ〜と思う今日この頃です。
どうせ長生きするのだから、元気で長生きしなきゃ損です。私もアラフォーとなり、高齢者になる準備に入っている次第です。(40歳前後からタウタンパクが貯留し始めるから)脳梗塞も嫌だし認知症にもなりたくない。準備万端で後期高齢者を迎えようと思っている所存です。
ピンシャンコロリ。幻想になってしまった、理想の死に方を目指してレッツラゴー。
例え片麻痺になったとしても、飲み屋に行って若いねぇーちゃんナンパしてやる~。
┗(`・∀・´●)ガンバルョ