経営難の激ウマ料理店
なんだか今日は中華!!
そんな日、ありますよね〜。
当時、私は仕事で大阪から群馬に引っ越したばかりで、土地勘が全くなかった。
「それでも、今日は中華なんだよ〜」
私は頭を抱えて思案。
え〜い。こうなりゃ、うまい店センサー(いわゆる感)を最大限発揮して、飛び込み、一見さんだ!!
看板らしきものは見当たらないが、店先に唐辛子つるし飾りに爆竹飾り。どっからどうみても中華料理屋さん。間違いない。
唐子ランタンの子供たちが福々しく手招きしていた。
「決まりだな」
覚悟を決めて、店内に飛び込んだ。
店の中に入ってビックリ。
客席が5席、しかもカウンターのみという狭さ。
しかも、よせばいいのに中国かぶり面が
「何しにきたんじゃいコラ」
と言わんばかりに、二体。生首よろしくカウンターに並んでこちらをにらんでいる。
妙なたれ目がかえって怖い。
ちょうど良かったのか悪かったのか、客は一人もなく、私たちの貸切状態。
私達は顔を見合わせ苦笑した。
「いらっしゃい」
奥から声がして、店主らしき人物が顔を出した。奥といっても、暖簾の向こうには畳半畳ほどの空間があるだけだった。
「いらっしゃい。メニューこれね」
店主はカウンター越しにメニューを私達に手渡した。
言葉の訛りで中国系の人と判断した。
メニューを見てみると驚くほど品数が多い。
厨房は奥の半畳のみ、他の店員は見当たらない。
大丈夫かな?
と思ったが、腹ぺこだった事も手伝って、私達は食べたい物を次々と注文した。
「はい、ニラレバ。はい、麻婆豆腐…」
店主は丁寧に注文を小さな手帳のようなものに書き込んでいき、「少々お待ち下さい」
と言うと、暖簾をくぐって半畳の厨房に入った。
暖簾と客席の距離は僅か1m程度。中の様子が丸見え状態。
店主は歩幅一歩程度のスペースの厨房で忙しなく動き回っている。
水も何も出てこない。
鬼の形相で千手観音さながら、中華鍋を振る店主に向かって話しかける事なんて、できようはずもなく…
…何分経っただろうか。
待てど暮らせど料理は来ない。あれだけたくさん頼んだのに、一品も。
私達はひたすらお預けを喰らっていた。普通なら我慢できずに「ちょっと、遅いねんけど!」と文句の一つも言うところだが、1m先で激烈に動き回っている姿を目の当たりにしているので、何も言えない。
「遅くて、すみません。」
店主が汗だくになって申し訳なさそうに差し出した一皿目は、海老チリだった。
「他のも作ってますんで」
分かっています、見えてますから…
待ちに待ってやっと出てきた記念すべき一品目。海老チリを一口頬張った。
その瞬間私は友人と顔を見合せた。
「うまい!」
その海老チリは、食い道楽で鳴らした私の舌を唸らせた。友人も美味しさに目を瞠っている。
次々と料理が運ばれ始めた。そのどれもがおいしくて、私達は「うまい、うまい」と貪り喰った。あっと言う間に平らげ、一息ついた所でビールに口をつけた。
すると店主がたどたどしい日本語で私達に話しかけた。
「おいしかったですか?」
そりゃもう、ご満悦。店主はにっこり笑って「よかった」と答えた。その笑顔は少年のような魅力的な顔だった。
それから、店主はいろいろな話を私達に聞かせてくれた。
日本の中華料理と本場中国での中華料理との違いや戸惑い、経営の難しさ、果ては日本人の奥さんとうまくいってないなんてことまで…
いつのまにか私達は、もう何十年もの付き合いのような気持になっていた。
料理が出てくるのが遅いことを差っ引いても、こんなに美味しいのに経営難だなんて、
どうしてだろ?
私たちは顔を見合わせて首を捻った。
が、その答えはすぐに判明した。
「お会計、3800円です」
「2人分まとめて払いますんで」
私がそう言うと
「いえいえ、じぇんぶれ(全部で)、3800円ね」
「……」
どひゃー!安い。安すぎる。大の男が2人、腹いっぱい飲んで食って。3800円。
しかも消費税込!!
薄利多売で儲けないといけないのに、客席5席って〜。
価格設定完全に見誤っている…
それから足しげくその店に通った。
数年後。私が転勤で遠くに行くことを告げると、店主は寂しげな表情を浮かべ、
「送別会はうちでやって下さい」
と申し出てくれた。店からはみ出すほどの人数を快くもてなしてくれた。
「心のこもったお別れの料理です」
と、自分で言って、泣きながら海老チリを出してくれた。
五席しかない激安中華料理店。店主の作る料理は、私にとって、どんな高級中華料理よりもおいしく、心の癒える味だった。
マンさんありがとう!!