読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

GOMAXのブログ

楽しいお話を書いていきたいと思っています。よろしくお願いします。

うちんち⑳

小説(うちんち)

久しぶりに続きを書いてみよう。

 

また、アクセス数減るんだろうなぁ。やだなぁ。٩(๑꒦ິȏ꒦ິ๑)۶ ...

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

 

 

うちんち⑳

 

その夜。花梨は泣きながら、源三郎がベッドに縛りつけられていたことを幸子に訴えた。

 

幸子は険しい顔で、食い入るように花梨の話を聞いていた。話をひととおり聞き終えると、幸子は「ふう……」と大きくため息をついた。


幸子は、源三郎が安楽苑に入所した日、拘束の同意書に自分がサインをした事実を花梨に告げた。


「ひどい、ひどいよおばちゃん!」


花梨は泣きながら幸子に言い寄った。


「〝止(や)むを得ない場合に〟って書いてあったから……おばちゃんやってまさか、そんなスグに止むを得ぇへんくなるなんて、思わへんかってん」


幸子は、滲む涙を指先で拭いながらそう答えた。そして、凛と顔を上げた。


「――分かった。おばちゃん明日、お医者さんとお話ししてくる。せやから、花梨は絶対勝手なことしたらあかんよ」


そう言って、幸子は泣きじゃくる花梨を両手で抱きしめた。


「ごめんね……花梨ちゃん」

 

翌朝。


源三郎のカルテを見た成井は、逆流した血が頭に群れ、スパークした。成井は即座に医師の元へと走った。


「先生! ベゲとビビットエース出てるやないですか! どういうことですのん?! こんなんされたら、リハビリもへったくれもありませんやん! もうだいぶ良うなってきてたのに、ドロドロにしたら振り出しに戻ってまうやないですか!!」


成井は鬼の形相で医師を問い詰めた。


「せやけど、暴れてしゃーないって看護師が言うんやからしゃーないやろ! ガラス割ってんぞ?」


医師も激しい剣幕で成井に言葉を被せる。


「施設は何重にもカギがかかってて出られへんから、源三郎さんはただ帰ろうとしただけですやん!せやから暴れんように〝見守りと傾聴〟て、ずっと言い続けてましたやんか!」


成井も負けてない。


「他の利用者に何かあったらお前責任取れんのか?!責任かかって来るんは俺ら医者やねん! リハビリ屋は黙ってい!」


「そんな、責任て・・・」


成井が絶句した。


「ボケに何言うてもあかんて。ボケてんねんから」


医師が成井の逆鱗に触れた。


「ボケちゃいます! 痴呆症!!!!」


成井は医師を怒鳴りつけると、踵を返し、ナースステーションを後にした。


「けったくそ悪い!!」


成井はそう言って、どかどかと音を立てて廊下を歩いて行った。

 

翌平成十六年。厚生労働省の用語検討会によって、痴呆症から認知症への言い換えを求める報告がまとめられた。まず行政分野および高齢者介護分野において『痴呆』の語が廃止され『認知』に置き換えられた。

 

花梨が学校から帰ってくると、幸子が夕飯の用意をしていた。


「あれ? おばちゃん、今日はいつもより来るの早いな」


花梨が言うと、幸子は台所の手拭いで手を拭き、食台の椅子に腰かけた。


「花梨ちゃん、ちょっとそこ座って」


花梨は言われるがまま椅子に座った。


「ランドセルは置きや」


幸子が言うと


「そっか」


花梨はランドセルを下ろして床に置き、椅子に再度腰かけた。


「あんな、おじいちゃんのことなんやけど。おばちゃん、今日お医者さんとお話しして来てん。そしたら〝もう縛ったりせえへんから、もうちょっとだけここに居(お)ってくれへんか〟って。せやから、もうちょっとだけ施設に居てもらえへんやろか」


幸子は落ち着いた口調で淡々と話した。


「もうちょっとって、どれぐらい? 明日? 明後日?」


花梨は大人の〝ちょっと〟は信用しないことにしていた。注射を打つ時だって「ちょっと痛いよ」と医者に言われて、ちょっとで済んだ試しがない。欲しいオモチャを源三郎にねだった時も


「ちょっと待て、余りものには福来(きた)るだ」


とわけの分からない理屈をこねられ、結局、余り物さえ買ってもらえなかった。その源三郎だって〝もうちょっとだけ施設に〟と言われたのに、2ヶ月経ってもまだ帰ってきていない。大人の〝ちょっと〟ほど信用できないものは無い、と花梨は常々思っていたのだった。


「もうちょっとやから、ホンマに」


幸子はそう言って席を立ち、台所に戻った。


「もうちょっとか~……しゃーないな。おばちゃん、絶対やで! 絶対!」


花梨はそう言って、小指を立て幸子に見せると、玄関へと向かった。


「どこ行くん? もう夕飯やで」
「おじいちゃんとこ行って来る」

 

花梨は、昨日源三郎が拘束されていた部屋に足を進めた。おそるおそる入ってみると、源三郎は不在だった。


「あれ、どこ行ったんやろ」


花梨が源三郎を探していると、一人の介護士が源三郎の所まで案内してくれた。


「おじいちゃん、またお部屋変わったんや」


通された居室は、ナースステーションの真横にあった。源三郎はベッドで寝息を立てていた。


しばらくの間、花梨は源三郎の隣に座っていた。だが、源三郎は全く起きる様子が無い。


「おじいちゃん、起きひんなぁ」


花梨は源三郎のベッドに上半身を預けた。


「おじいちゃんの匂いや……」


花梨はそのまま眠ってしまった。

 

自分の涎で溺れそうになって、花梨は目を覚ました。源三郎は変わらず眠り続けていた。


「おじいちゃん、まだ寝とるんか」


花梨が源三郎の寝顔を眺めていると、


「佐藤さーん、おやつですよ~」


元気いっぱいの声と共に、若い女性の介護士が源三郎の居室に入って来た。介護士は源三郎のベッドの足元にあるレバーを勢いよく廻し出した。すると、


「なんだ?」


花梨は驚いた。ベッドの上半分がどんどんせり上がって行き、横になっていた源三郎の体があっという間に座位になった。


「へ~、こうなってるのかあ」


花梨は介護士の傍へ行き、ベッドのレバーをまじまじと眺めた。


「すごいでしょ」


介護士は、ちょっと自慢気に花梨に言った。


「すごいなぁ。手で廻すんやね。病院のはボタンで動いたから、びっくりしたわ」


花梨が言うと、介護士は微妙な顔つきで


「そ、そう」


と頷くのだった。


「佐藤さん、おやつですよ。今日はプリンですよ~」


介護士は源三郎に声をかけながら、プリンのカップの蓋をはがした。源三郎はまだ眠っている。


「おじいちゃん、寝てるで」


花梨が言うと


「そうやね」


介護士はうなずきながら、プリンをスプーンにひとかけ乗せた。


「佐藤さーん! プリンですよ~」


介護士は声を張りながら、源三郎の口にプリンを突っ込んだ。プリンは、そのまま口から出てきた。


「出ちゃうな~」


介護士は口からはみ出してきたプリンの欠片をスプーンですくい直し、ぐいぐいと口の中に押し込む。


「いや、寝てんねんから、無理なんやないかな……」


花梨の進言も聞こえない様子の介護士は、プリンを押し込むのに必死になっている。半ば無理やりに、プリンを半分ほど押し込んだ時


――ビュジョ、ビュジョ


と、プリンが口の外へ出てきてしまった。


「あっ!」


花梨の驚きをよそに、介護士は平然と、傍らに用意していたティッシュを取り出し、源三郎の口に宛がってプリンを拭き取った。


「やっぱり、起きてから食べた方が……」


花梨が再び助言した。しかし介護士は


「佐藤さん、佐藤さん! お・や・つ!」


と、さらに声を張るだけで、ぐいぐいの手は休めない。


プリンのほぼ全てを源三郎の口に押し込んだが、ほぼ全て、口から流れ落ちた。


「はい、おいしかったですね~」


介護士は業務を完遂して満足したのか、大量の使用済ティッシュを回収し、居室から出て行った。


「おいしかったって? 全然食べてへんやん。全部こぼれてもうてるがな。なぁ」


相変わらず寝ている源三郎に、花梨が声をかけた。

 

その後も花梨は安楽苑に日参したが、源三郎は寝ているばかりだった。稀に目がうっすらと開いている時でも、「お」とか「うん」とか言うばかりで、ほとんど会話にならない。


「お寝坊さんのおじいちゃん。可愛い孫が今日も来とんのに、残念さんやねぇ~」


花梨はそう言いながら、源三郎の両目の上瞼と下瞼を指でこじ開けた。源三郎は白目を剥かされた。


「起きなさーい」


そこまでしても、源三郎は起きる様子が無い。


「眠り姫やったら聞いたことあるけど、眠りじいちゃんなんて聞いたことあらへんで」


しばらくベッドに寄り添っていたが、さすがに飽きてきた。


「あーあ」


花梨は立ち上がり、大きく伸びをした。そこへ鬼塚が通りかかった。花梨は室内から、廊下を歩く鬼塚を呼び止めた。


「鬼塚さん! おじいちゃんのことやけど、全然起きひんねん。ご飯もちゃんと食べへんし、どんどん痩せてもうて。ほっぺたなんか、こんなんやで」


花梨はそう言って両手で自分の頬を押し、ムンクの叫びのようにして見せた。


「そうやねえ……それやったら、お医者さんに言うて起こしてもらおうか」


「花梨がこんだけやっても起きひんのに、お医者さんはどうやって起こすねん」


花梨は不思議そうに聞いた。


「お医者さんは偉いんやから、なんでもできんねん」


鬼塚は自慢気に言って、足早に歩き去った。


「お医者さんは寝かすのも得意やけど、起こすのも得意なんやな」


花梨はなんとなく納得した。


「おじいちゃん、お医者さんが起こしてくれるねんて。良かったなぁ。起きたらお家帰ろうな」


花梨は源三郎にそう言い残して居室を出た。


青々と葉を茂らせる銀杏の木の下で、源太と小源太がいつものように、花梨が建物から出てくるのを待っていた。


「帰るよ」


花梨が言うと、源太はお座りの姿勢からスックと立ち上がった。小源太はもう待ちきれず、後ろ肢で立って花梨を急かしている。


「お家まで競争や!」


花梨と二匹は、全力で走り出した。

 

寝かしつけられること一ヶ月余り――睡眠薬と抗精神薬の効果は抜群だった。作業療法士成井の訴え空しく、源三郎の認知機能は、眼下に獲物を見つけたトンビの如く、凄まじい勢いで急降下していった。


鬼塚の言ったとおり、少しずつ源三郎は開眼し始めた。花梨は喜んだ。が、


「あー! 源三郎さんがベッドから落ちた」
「あー! 源三郎さんがベッド柵外した」
「あー! 源三郎さん車椅子ごと転倒した」
「あー! 源三郎さんがオムツ外してベッドじゅうウンコだらけにしてる~」


源三郎の行動を薬物で抑制した代償として、こうした『問題行動』(後(のち)に『行動心理症状』に呼称が変更される)が続々と現れた。投薬を中止して一週間足らずで、源三郎は、四点柵・介護服・Y字ベルト・ミトンといった(拘束四天王と関係者は呼んでいる)拘束具をフル装備させられた。夢の世界から戻った源三郎は、完全無欠の認知症患者となっていた。


花梨が面会に来ている間は、不思議と源三郎の問題行動は出現せず、ベッド上で朗らかに過ごすことができる。しかし、面会時間終了を合図に、安楽苑には夜勤スタッフの絶叫が響き渡るようになった。

つづく