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GOMAXのブログ

楽しいお話を書いていきたいと思っています。よろしくお願いします。

うちんち㉒

アクセス数が減るのも顧みず、忍の一文字。今日も続きを書きまくる。

 

いや~なかなかにしんどい作業だ。ここが頑張りどころだ。ガンバレ私。

 

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梅雨が明け、紫陽花が「もうあかん。今年は終(しま)いです!」と言い出した頃合いの、とある大安吉日。


「大丈夫。困ったことがあったら、いつでも連絡くれたらええからな」


佐々木が心配そうな顔で花梨に言った。


「ありがとう、ササキング」


花梨は手を上げ、佐々木にチョップで空(くう)を切って見せた。


「本当に皆さん、ありがとうございました」


幸子は、源三郎の退所に集まってくれた安楽苑のスタッフ全員に向かって、深々と頭を下げた。


後ろの方に居た成井が花梨の前に出てきて、花梨の両手を握りしめた。


「ごめんな、花梨ちゃん。先生、なんにもできひんかった。せっかく協力してもろたのに。私、なんにも……なんにも……」


成井はそこまで言うと、後は言葉にならず、嗚咽を漏らして地面に膝をついた。


「成井先生、ありがとう。先生に言われたとおりやってた時は、おじいちゃん、料理もできるくらい良うなってたやん。お家帰ったら、花梨が先生に言われたとおりやるから。そしたら、頭の病気また治る?」


花梨は成井の手を握り返し、うつむく成井の顔を覗き込んで言った。


「うん、治る。花梨ちゃんがおったら、おじいちゃん、絶対治るよ。先生が約束する。――ごめんな、ホンマに……!」


成井はそう言うと、罪悪感に耐えきれず、施設の中へ逃げるように入って行った。


「それじゃ、そろそろ行きましょうか」


ケアマネの坂東が花梨と幸子に声をかけた。源三郎と幸子、花梨は安楽苑の送迎車に乗り込んだ。


「元気でね」
「またおいで」
「いつでも遊びに来(き)ぃやー!」


スタッフ達が口々に花梨に声をかける。惜別の声は、送迎車が見えなくなるまで、いつまでも続いた。

 

「ほら、佐藤さん。お家着きましたよ」


坂東が声をかけた。


「おじいちゃん! ほら、お家やで!」


先に送迎車から降りた花梨は、弾んだ声で源三郎を呼んだ。坂東に脇を抱えられて車から降りた源三郎は、自分の城を見上げている。


「どないしたん、おじいちゃん?」


花梨が声をかけたが、源三郎は黙って我が家を眺めるのだった。


「……ときえ」


ふとそうつぶやいて、源三郎は玄関に足を向けた。花梨と幸子は後を追った。


源三郎は、靴も脱がずにドカドカと家の中に上がり込んだ。


「おじいちゃん、靴、靴!」


花梨の呼びかけも聞かず、源三郎は奥へと進んで行く。


「時恵、帰ったぞ! あれ? どっか行ったんかいな? 時恵!」


とうの昔に亡くなった妻を探す源三郎の姿に、堪らず幸子が声をかけた。


「義兄さん、姉ちゃんは何年も前に亡(の)うなったやんか」


源三郎はその声に振り返り、幸子の顔をまじまじと見た。


「時恵! どこにおったんや。さつきは?さつきはどこや。公園でも連れてったろ思てな」


源三郎は満面の笑みで幸子に言った。


「義兄さん……」


幸子は思わず、涙を零した。


「おじいちゃん、それは幸子おばちゃん。おばあちゃんは死んだやろ?」


幸子の後ろで二人の会話を聞いていた花梨がひょこっと顔を出し、口を挟んだ。


「さつき! そんな所におったんか~」


源三郎は花梨に向かってそう言った。そして両手で花梨の腰を抱えて〝高い高い〟をしようとしたが、頭上まで持ち上げることはできず、よろよろと花梨を床へ下ろした。


「重たなったな~、さつき」


「花梨やって言うてるやろ! さつきは、花梨のお母ちゃん!」


「さつき、お父ちゃんと公園行こう。な」


花梨の訂正の言葉も聞かず、源三郎は花梨の手を引いて外へ連れ出そうとする。心配した幸子が花梨の背中に声をかけた。


「花梨ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。源太も小源太も連れてくよって」


花梨は首だけを幸子の方へ向けて答えた。


「大丈夫だんべか?」


不安気に坂東が幸子に聞いた。


「花梨がおったら大丈夫やと思うけど……」


幸子も不安そうに答え、二人を見送った。


――デデッデーーン。


その矢先、玄関で大きな音がした。幸子と坂東が駆け寄ると、源三郎が戸口でひっくり返っていた。


「義兄さん! どないしたん?」
「おじいちゃん、玄関の上がり框降りられへんで、こけただけ」


花梨が平然と答えた


「佐藤さん、大丈夫ですか?」


坂東は逞しい腕で、床に転がった源三郎をヒョイと抱き上げた。源三郎は何事も無かったかのようにケロリとしている。


「あっ、そうだぃ」


坂東は何かを思い出した様子で、佐藤家の前に停めてある、自分の乗ってきた軽自動車に走って行った。そして、一台の車椅子を押して戻ってきた。


「こんな事もあるかしんねぇと思ってさ、これ、安楽苑から借りといたんさ。返すんな、いつでもいいっつうからさ」


坂東は車椅子に源三郎を座らせ、持ち手を花梨に預けた。


「今日は、一応乗って行ぎなぃ」


坂東に言われ、源三郎は車椅子での散歩となった。


「ほな、行ってくるわ!」


花梨は庭に出て、源太と小源太にリードをつけた。二匹はしばらくぶりに会った源三郎に興奮していた。花梨も、久々の家族揃ってのお散歩に、心が躍っていた。

 

いつもの散歩道だった川沿いの土手を、花梨達は久しぶりに訪れた。


土手に着くと、以前とはずいぶん顔ぶれが変わっていた。それでも、何人もの顔見知りが口々に


「佐藤さん! 久しぶりやな~」
「おじいちゃん退院したんか。良かったなぁ」
「小源太~~」


などと声をかけてくれた。


♪あなただ~けが~、生きがい~なの~♪


突然、車椅子上の源三郎が歌い始めた。


♪お願い~お願い~、捨て~な~いで~♪


それは花梨も大好きな歌だった。


♪ってなこと云われてソノ気になって、
三日とあけずにキャバレーへ~~♪


二人はクレージーキャッツを大合唱しながら、車椅子で土手を闊歩した。以前と変わらない歌声の源三郎に、花梨は喜ぶのだった。


真っすぐな一本道に、二人と二匹の長い影。一日の仕事を終えた、熟れた太陽が、佐藤家の面々の背を柔らかな光で照らしていた。

 

つづく