旅は道連れ世は情け:黒王や松風に会いに行ってきた!! おまけ:うちんち⑲
旅は道連れ世は情け、旅先で出会った素敵な人々を紹介していこう。
今回は北海道帯広の素敵なお兄さんたちのお話。
ばんえい競馬が経営不振でなくなるかもしれないと、まことしやかにささやかれていた。
これは、行っておかねば!
ペルシュロン種、ブルトン種、 ベルジャン種。体重が1トンにもなる重種馬が目の前を闊歩する。
でかい! すげー!
松風(花の慶次参照)や黒王(北斗の拳参照)はペルシュロンに違いないと勝手に確信しながら悠然と歩く巨馬を見上げる。
勝ち馬投票券は散々なものだったが、重種馬が人を乗せたそりを引いて、山を登り、滑走する姿に感動を覚えた。
かっこいい!
輓馬の興奮そのままに、帯広の町に繰り出した。
お客さんが5人も入ったら満席といった風のこじんまりした屋台が立ち並ぶ北の屋台の一軒に飛び込んだ。
なかには60代の地元のお兄さんが2人、東京から新婚旅行で来ていたカップルが二人、先客でいた。私たちが入ると、全員で6人。満員御礼。
地元のお兄さんたちは、帯広愛に溢れていた。
「こんな田舎町に新婚旅行で来てくれるなんて嬉しいねぇ」
「輓馬は帯広の宝だ!」
等々
「よし、せっかく帯広に来てくれたんだから、もてなさねぇと、帯広の名折れだ。帯広らしいところに連れて行ってやる」
と、立ち上がった。少し当惑したが、兄さんたちに恥をかかせるわけにはいかない。それに、少しの好奇心。
「ありがとうございます」
とその場の全員が立ち上がった。
兄さんたちが「ここだ、ここだ」
と、必要以上に重そうな鉄の門を開ける。
すると中から、
「いらっしゃ〜い」
と、女性たちに出迎えられた。
兄さんたち以外の4人が顔を見合わせた。
出迎えたおねぇ様方3人は、愛想よく兄さんたちを出迎えると、私たちもソファー席に案内してくれた。
おねぇ様方はいずれも、野太い声。分厚い化粧の下には、青い髭剃り跡。
そこは、まぎれもなくおカマバーだった。
帯広らしいところって……
しこたま、帯広のおカマの不遇さを聞かされて、話もそこそこに、お暇させていただくことにした。
「もう帰るのか?」
と、兄さんたちは残念がったが、よそ者4人衆は最初の一杯だけ御馳走になって、その場を立った。
もう充分です。お兄さんたちの帯広愛は伝わってきましたよ。
口には出さなかったが、心の中で目いっぱい帯広人の心意気に、感謝してホテルに帰った。
m(_ _"m)ペコリ
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うちんち⑲
梅雨入りの頃。花梨は降りやまない雨の中、傘をさし、いつものように鼻歌交じりに安楽苑に向かって歩いていた。
♪ああ~、長崎わぁ~、今日も~雨だぁた~~♪
居室に入り辺りを見渡したが、源三郎の姿は無かった。居室のガラス窓は割れており、ガムテープでベニヤ板を大雑把に貼り付けて、外気が入らないよう応急処置してあった。
「どないしたんやろ?」
花梨は首を捻った。
ひとまず花梨は、廊下に出て源三郎を探した。施設の端まで目をやるが、源三郎の姿は見えなかった。
「アーーーー! アーーーーー!」
遠くから、薄気味悪い声が響いてきた。
「なんや? 猫かな」
花梨が首を傾げていると、そこへ鬼塚が通りすがった。花梨は後を追い、声をかけた。
「おじいちゃんが部屋に居(お)らへんねん」
花梨が言うと鬼塚は、思い出したように答えた。
「ああ、佐藤さんね。今日はちょっとお部屋変わってもらってるんよ」
こっちよ、と鬼塚は花梨を案内した。長い廊下を奥へ進んで行くと、
「アーーーー! アーーーー!」
と、先ほどの、獣の物とも人間の物ともつかない叫び声が聞こえる。
「アーーーー! アーーーー!」
鬼塚について進んで行くと、その声は次第に大きくなってきた。
「ここよ」
鬼塚はひとつの部屋を指差した。奇声はそのドアの向こうから発せられている。花梨は鬼塚に促されるまま、部屋の中へ足を進めた。
入るなり、花梨は気を失うような光景を目の当たりにした。
叫び声の主は源三郎だった。源三郎は両手両足に枷を装着され、ベッド上に大の字で磔にされていた。
花梨は、すぐさま源三郎に駆け寄った。
「――おじいちゃん! どうしたん?!」
よほど暴れたのか、源三郎の腕や足首の肉には枷が食い込んで血が滲み、枷の周囲の皮膚は内出血を起こして、赤黒く変色していた。
「アーーーー! アーーー!」
花梨が来たことにも気づかないのか、源三郎は奇声を上げ続け、手足をばたつかせて必死に枷を外そうとしている。
「ひどい……なんで、なんでこんな……!!」
花梨の背後から鬼塚が声をかけた。
「ごめんね。花梨ちゃんのおじいちゃん、昨夜〝家に帰るんや〟言うて、お部屋のガラス割ってもうたんよ。せやから、お薬が効くまで、ちょっとだけ縛らせてもろてん。もうちょっと間(ま)したら、お薬効いてくるさかい、それも取れんねんけど」
鬼塚はそっと、花梨の肩に手を置いた。
「ほどいてあげてや! おじいちゃん、お家帰りたいだけやん! なんでこんなことすんのん?!!」
花梨は両目に涙をいっぱい溜めて、鬼塚に懇願した。
「お医者さんに聞いてみいひんと」
鬼塚が答えた。
「……またや」
「また?」
鬼塚が首を傾げて、花梨に聞き返した。
「お医者さん、お医者さんて、病院でも同じことばっかり言うとったわ! ここでもまたお医者さん! おじいちゃんは自分のお家に帰るんやから、お医者さんは関係ないやろ!!」
花梨は傷だらけの源三郎の腕をぎゅっと握り、唇を震わせて鬼塚を怒鳴りつけた。
「ごめんな、おじいちゃん……ごめんな……!」
花梨は泣きながら、源三郎を拘束している手足の枷を外し始めた。
「ちょっと、ちょっと待って」
鬼塚が花梨を止めようとした。花梨は力いっぱい鬼塚の手を振り払い、源三郎の枷を外そうと必死に抵抗した。
鬼塚はナースコールボタンを押して応援を集めた。ほどなく数人の介護士が現れ、小学三年生の非力な少女は、いとも簡単にベッドから引き剥がされた。
「何すんねん! おじいちゃん、おじいちゃん!」
抵抗空しく、花梨は介護士に抱えられ、手も足も出ない。
「おじいちゃん! おじいちゃーーーん!!」
花梨は施設じゅうに聞こえるほどの大声で叫んだ。そこへ、よれよれの白衣を羽織り、腰の曲がった白髪の老爺が、いそいそと源三郎の部屋へと入ってきた。医師らしきその老爺は、鬼塚がいつの間にか用意していた注射器を手に取り、源三郎の腕に打った。
しばらくすると、金切り声を上げていた源三郎が、静かに眠り始めた。
「眠剤入れたばかりやったから、あんまり打ちたなかったんやけど」
老医師はそう言って、空になった注射器を鬼塚に手渡した。部屋から出る間際、老医師は花梨の頭を撫でて言った。
「おじいちゃん、今眠ったから、今日はお家に帰りなさい。もう縛ったりせえへんから」
「……」
「お医者さんもそう言うてるし、今日は帰りなさい」
鬼塚も続けて言った。花梨は追い出されるように、安楽苑を後にした。
「……源太、小源太、帰ろ」
花梨は力なく家路を辿るのだった。
つづく